
近年、「昭和」を懐かしむ風潮が多くみられるようだが、その発端となったのは映画「ALWAYS三丁目の夕日」シリーズ(’05年~’12年)の公開であろうか。「昭和」を「古き佳き時代」と位置づけ、ノスタルジックな気分に浸る人も多くいる。それだけ「令和」が住みにくい世の中になってしまっているということなのかもしれない。
トラック輸送の分野でも、「昭和」と「令和」には大きな違いがあるようだ。トラックドライバーが過酷でたいへんな仕事であることは今も昔も変わりはない。しかし、「昭和」の時代はすべてがおおらか(裏を返せば、いい加減?)であり、仕事の報酬も相応の金額を得ることができた。短期間でお金を稼げる職業として、多くの若者が楽しく働いていたのである。

今と昔で大きく変化したのは、コンプライアンスやモラル意識の向上・規格化を始めとした輸送の効率化・衛生面の厳格化などであろう。「昭和」であれば、荷物の大きさはばらばらなのが当たり前、なかには蓋が閉まっていないものもあり、上に荷物を載せて無理やり蓋をしていたなどということもあったようだ。また、平ボディのトラックに荷物を載せるときは荷台の横に板を置くなどして、うず高く積み上げるドライバーもいたという。

大変な荷物を運んだ例として挙げられたのが、ボーリングのボールである。新品ならきちんと梱包されているのであろうが、廃業したボーリング場から運び出す際には、ドライバーが梱包しなければならない。ところが、適当な梱包材がなければ荷台に直置きをすることになるのだ。結果、アクセル・ブレーキ・ハンドリングごとに、ボールが荷台をゴロゴロと転がったため、終始落ち着いて運転ができなかったという。

さらにすごいのは、駆除したイノシシの輸送である。当時、これを請け負ったのは普通の大手運送事業者。パレットの上に血まみれのイノシシが置かれており、それをハンターの自宅に運んだのだそうだ。今では、イノシシだけではなくクマの駆除なども行なわれているから、こういった輸送需要は存在する。食肉獣の輸送もそうだが、これらは基本的に専門の輸送車両で運ばれる(場合によっては、軽トラにシートをかけて運ぶこともある)。

このほかにも、公園の遊具・長いパイプ・ベンチなどといった特殊な荷物も、普通の運送事業者が当たり前のように運んでいた。ドライバーは現地でその荷物を見て、とりあえず荷台に積み込めるようにいろいろと工夫をし、ひやひやしながら着荷先まで慎重に運んでいたのである。
現在では、こういった特殊な荷物はすべて専門性を持つ事業者が請け負っている。専用の車両を使用し、専門知識を持つドライバーが安全に細心の注意を払って運んでいるのだ。
確かに、変わった荷物を工夫と努力で無事に運ぶことができれば、ドライバーにとっては武勇伝になるかもしれない。しかし、これは「危険」と背中合わせの仕事である。「令和」は「危険」を避けて「安全」を確保する時代である。「昭和」ノスタルジックも悪くはないが、「危険」が現実化しては元も子もないのである。

