2024年5月、熊本県のバス・鉄道事業5社が交通系IC決済を廃止すると発表した。交通系ICカードとは、JR各社などが発行するICチップを搭載した、非接触型の電子マネー機能付き乗車カードのこと。その名の通り、鉄道・バスといった交通機関の料金決済を目的に、開発されたシステムだ。JR各社はもとより、多くの私鉄や公営・民営バスでも広く導入されている。
交通機関を対象に開発されたシステムであるにもかかわらず、先述のように熊本県では5つの事業者が、このシステムを廃することになった。その理由は、機器メンテナンスコストの負担が大きいからだという。もともと、交通系IC決済は事業者や地域を跨いで使用できることが大きなメリットの1つである。
しかし、限られた地域内の利用であればそこにこだわる必要がない。だとすれば、よりローコストなシステムを導入するという選択肢も選んでも不思議はないのだ。そこで、同地域ではQRコード決済を導入することにした。同様の理由で、2025年2月から北海道の岩内町を走る町内循環バス「ノッタライン」も、キャッシュレス決済にQRコードを採用したのである。

「ノッタライン」は、2016年から本格運行が始まった同町のコミュニティバス。1985年に鉄道路線が廃止され、人口減少が続いて民営バスやタクシー事業の採算が厳しい中、町民の足を確保するために町が主体となって走らせている。当初はキャッシュレス決済を導入していなかったが、その方針を180°転換したのだ。
交通機関であるにもかかわらず交通系IC決済を導入しなかったのは、熊本県同様に高額な導入・維持コストを避けたかったということもある。しかし、それ以上にデータ収集を考えていたことが大きい。交通系IC決済もモバイルタイプや記名式カードが増加しているものの、一定数の無記名式カードを使用する乗客が存在する。実は、無記名式だとデータの収集ができないのだ。
無記名式はその名の通り、使用者の個人情報が登録されない。その場合、どんな人が・いつ・どこから・どこに乗車したか、などといったデータを収集することは不可能である。同町では、QRコード決済システムを利用して乗客の特性や移動状況を収集し、より良い交通事業の推進や行政施策の改善に、つなげようと考えていたのだ。
こういった考え方は交通系IC決済の本家ともいえるJR各社も同様で、QR式切符の導入や次世代型スイカ(JR東日本)の開発を進めている。これらは、今のところユーザーの利便性を中心に導入計画が公表されているが、マーケティングデータとしての活用も検討されていることは間違いない。

こういったキャッシュレス決済は交通機関だけではなく、電子マネーとして買い物などにも利用されている。ただ、地方の個人商店など小規模事業者にとっては、導入コストに加えて手数料やメンテナンスなどの負担が重く、熊本県の事例のように廃止に踏み切る例も少なくない。しかし、データを収集してそれを分析・活用できるようになれば、新たなビジネスチャンスにつながる可能性も生まれてくる。今後、交通系IC決済やQRコード決済がどのように発展していくかが楽しみである。

