「2024年問題」が言われ始めたころから、「路線バスが危ない」などという声が一際大きくなっているようだ。実際に、ここ1年でも以下のように路線の廃止が多数発生しているのだという。
・西武バス…泉38系統(東京都・埼玉県)
→車両が老朽化(リエッセの部品供給ができなくなった)したが、路線が狭隘なために代替車両がない
・神奈川中央交通…藤野駅発着の一部路線(神奈川県)
→深刻な運転士不足
・関東鉄道…つくば・土浦エリアの一部系統(茨城県)
→不採算と輸送力不足
・武蔵村山市…MMシャトル武蔵砂川ルート(東京都)
→道路環境(狭隘)と車両性能の不一致
このように、かつては「地域住民の足」として盤石と思われた路線バスが、今では猛烈な勢いで姿を消している。一般に考えれば、路線バスの廃止は「乗客が少なくなった」=「地方の問題」と捉える人が多いだろう。しかし、上記のようにこれはもはや地方だけの問題ではないのである。

とくに顕著なのが、政令指定都市や首都圏の外縁部である。大手私鉄系バス会社であっても、不採算路線の整理は加速している。傾向として強いのは、「独占状態にある地方の老舗バス会社」や「大手資本傘下で経営合理化が進む子会社」だ。これまでは内部補助(黒字路線の利益で赤字路線を維持する)で凌いできたが、その体力すら底を突いたということだろう。加えて深刻な運転手不足や、路線に適合したバス配置の難しさなどが加わり、バス会社はどこも青息吐息の状態である。
従来から、バスの運転手は充足していたわけではない。始発から終バスまで営業時間が長い中、運転手が決して少なくない残業をして凌いできたのである。そこに、「2024年問題」が発生して労働時間の上限規制が適用され、以前と同じ本数を走らせるにはより多くの運転手が必要になった。しかし、過酷な勤務体系と決して多くはない賃金という背景から、離職者は増えるものの若手は集まらないという状況に陥ったのだ。
収益を悪化させたのは、コロナ禍がもたらした「移動習慣の変容」だ。テレワークの普及や外出控えは、バスの主要顧客である通勤・通学客を奪うことになってしまった。客足が戻りきらない中で、燃料費は高騰。加えて、車両や設備は待ったなしで老朽化する。車両やメンテナンス価格は決して低くない上に、排ガス規制対応や先進安全装置の義務化が進んでコストは上昇の一途を辿っている。

この危機に対し、各地で模索が始まっている。注目すべきは、「貨客混載」の拡大だ。旅客バスの荷室に宅急便などを積み込み、運送効率を高めるという試みである。また、従来型の大型バスを廃して予約制の「デマンド型交通」や、ワンボックス車によるコミュニティバスへの転換も進んでいる。さらに、自動運転(レベル4)も一部自治体で社会実装が始まっている。しかし、いずれも軌道に乗るまでの道程は平坦ではない。

今後の路線バスは、これまでの「事業者が勝手に走らせてくれるもの(儲かるもの)」というフェーズから、「地域がコストを出し合って維持するもの」に変化していくのではないだろうか。言い換えれば、利用者は「維持するためにいくら払えるのか」という現実に、向き合わねばならないということなのかもしれない。
