抜群の眺望で人気を集めてきた路線バスの左側最前席。しかし、事故時の危険性や運転手の視界確保、バリアフリー化などを理由に、近年は新型車を中心に姿を消しつつある。かつての人気席に何が起きているのか。
路線バスの前方、進行方向に向かって左側の最前席。前面ガラス越しにダイナミックな展望が広がり、ドライバーの巧みなハンドル捌きやメーター類を間近で観察できるこのポジションは、通称「ヲタシート」とも呼ばれ、古くから乗り物好きの心を掴んで離さない特別な指定席であった。バスマニアでなくても、見晴らしの良さや降車ドアに対するアクセスのよさ(前降りタイプ)が人気で、乗車時には「争奪戦」が繰り広げられることも多い。しかし、この一見華やかな特等席には、知られざる機能的役割と過酷なリスクが背中合わせに存在しているのだ。

業務上の「一等地」と正面衝突時に晒される圧倒的危険度

観光バスや高速バスにおける左側最前席(またはガイド席・補助席)は、単なる観覧席ではない。ここは、バスガイドや添乗員が乗客の安全を確認すると同時に運行状況を見極め、アナウンスなどを行うための「業務拠点」といった機能を有している。前方視界を瞬時に把握しつつ客席全体へ目を配るためには、この位置に勝る場所が存在しないからである。
しかし、その代償として安全面におけるリスクは極めて高い。大型バスの構造上、ドライバー席(右側)はハンドルやペダル類に守られているが、左側最前席の前には遮蔽物が少なく大きな前面ガラスが迫っている。万一、正面衝突や追突事故が発生すればダイレクトに衝撃を受けてしまう。クラッシャブルゾーンがほとんど存在しないから、最も重大な被害を受けやすい「危険地帯」といえるのだ。
熱い視線と安全運転の狭間で揺れる運転手の本音

乗客から圧倒的な支持を集める一方でステアリングを握る運転手たちは、この席に対して複雑な思いを抱いてきた。本音として最も多く聞かれるのが、「視線によるプレッシャー」と「安全確認の阻害」である。マニアや子供が熱心に運転操作を凝視する視線は、人によっては強いストレスとなる。
さらに、夜間運行時にスマートフォンやタブレットの画面を開かれると、車内灯の反射によって左サイドミラーが見づらくなるという切実な問題も生じるのだ。また、左折時の「巻き込み確認」を行う際、最前席の乗客と何度も目が合ってしまい、死角の確認に集中しづらいといった声もある。
安全意識の変革とバリアフリー化がもたらす「ヲタシート」終焉の時代

かつては当たり前のように存在した路線バスの左側最前席だが、近年では新車を中心に姿を消しつつある。撤去の流れが進んでいる背景には、明確な原因が存在しているのだ。最大の理由は、安全対策の強化だろう。前述した左側視界の確保(死角の低減)に加えて、タイヤハウスの上に設置された高い座席への昇降時に、乗客が転倒・滑落する危険を防ぐという狙いがある。
さらに、バリアフリー化や燃料タンクの配置見直しといった、車両設計の進化も影響している。低床バスの普及に伴い、燃料タンクを左前輪上に移す車種が増加したことで、物理的に座席を設けるスペース自体が消滅したわけだ。撤去された跡には荷物置き場や立ちスペースに姿を変え、車内全体の安全性と円滑な乗降に貢献している。
バスファンにとっては一抹の寂しさを禁じ得ない変化ではあるが、ドライバーの視界向上と乗客の事故防止という「安全最優先」の観点からすれば、時代の変化に合わせた合理的な措置といわざるを得ない。それに、最近の路線バスは全体に窓が大きく視界が開けている。いろいろな席に座ってみれば、きっとお気に入りの場所を見つけられるのではないだろうか。
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