昭和の運送業界は無法地帯?鮮魚輸送「追っかけ」の時代

昭和の鮮魚輸送には、速度超過や過積載など現代では許されない行為が横行していた。その一方で、ドライバーたちの強烈なバイタリティや人間臭さもあった。安全や法令遵守が重視される今だからこそ、当時の運送業界との違いが際立って見える。

昭和の運送業界は無法地帯?鮮魚輸送「追っかけ」の時代

現代の運送業界は、労働時間の上限規制や厳格な安全基準など、かつてないほどコンプライアンスが重視されている。「物流の2024年問題」に象徴されるように、法を遵守してドライバーの命と健康を守るクリーンな労働環境の構築が、最優先課題になっているからだ。しかし、時計の針を半世紀ほど巻き戻した昭和の時代、日本の物流には現代の常識からは到底考えられないような、荒々しくも活気に満ちた世界が広がっていた。なかでも、水揚げされたばかりの鮮魚を市場へと運ぶ「追っかけ」と呼ばれるトラックドライバーたちの生き様は、現代のルールの対極にあると言っても過言ではない。

一番乗りが利益を左右した鮮魚輸送

1970年代に一世を風靡したトラック運転手を主人公とする映画の影響で、派手な装飾を施した車両や、喧嘩っ早くも人情味あふれる運転手の姿は一つの文化として認知された。だが、実際の現場はフィクションを凌駕するほど過激であったといわれる。当時の鮮魚輸送は、卸売市場への到着順位が取引価格を決定づけるシステムである。一番乗りを果たせば高値がついて莫大な利益を生むが、競りに間に合わなければ値崩れを起こし、最悪の場合は赤字に転落する。このシビアな経済原理が、ドライバーを狂気的な暴走へと駆り立てていた。ここには明確な「悪かったこと」が存在する。それは、安全の軽視だ。過積載は日常茶飯事であり、制限速度の超過や信号無視すらも厭わない。さらには警察の無線を傍受して、検問をすり抜けるという違法行為が常態化していたのである。自他の命を危険に晒す、現代では決して許されない悪質な側面であった。さらに驚くべきは警察との関係である。当時は交通違反で停車させられても、積荷の魚を差し出すことで違反をもみ消してもらうような駆け引きがまかり通っていたという。法令遵守という現代の観点からすれば、社会全体が言語道断な無法地帯であったといえよう。

危険と隣り合わせだった昭和のドライバー

一方で、この時代特有の「良かったこと」も存在する。それは、彼らが持つ圧倒的なバイタリティと泥臭さである。文字通り命懸けでハンドルを握る彼らの根底には、誰よりも早く荷を届けるという強烈なプロ意識があった。また、違反を見逃す対価として魚を渡す行為は肯定されるべきではないが、そこには建前やマニュアルに縛られない、生々しい人間同士のコミュニケーションが存在したともいえる。現代のデジタル化された無機質な監視社会には存在しない、強烈なエネルギーが当時の日本を下支えしていたことは否定できないだろう。

令和の運送業界が失ったものとは

令和の現代において、企業は社会的責任を負い、ドライブレコーダーやGPSによってドライバーの運行は秒単位で管理されている。こういった流れは悲惨な交通事故を減らすために必要なことであり、昭和の無法地帯に回帰することなど絶対に許されない。しかし、コンプライアンスという言葉が独り歩きし、少しの逸脱すらも許容せずクレームが殺到する不寛容な社会は、どこか息苦しい。昭和の荒っぽいドライバーたちの違法行為を賛美することはできないが、当時の社会全体を包んでいたある種の「心のゆとり」や「人間らしい遊び心」は、閉塞感漂う現代において少し羨ましく思えないこともない。

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