
重いものを持ち上げるのに、とても便利なクレーン車。トラックのキャビン後部に設置された積載タイプのものから、アームを伸ばせば見上げるほどの高さになるものまで、その種類は意外と広い。建築現場で活躍している大型のタイプは、重機を貸し出すリース会社が所有しているパターンが多い。そういった会社の駐車場には、複数の大型クレーン車が並んでいる風景を見ることができる。
大型クレーン車が、1カ所に多数停めてある姿は実に壮観である。ただ、よく見ると不思議なことに、それらはアームを伸ばした状態になっているのだ。いうまでもないが、仕事が入って現場に出発するときには、そのアームをいちいち収納しなければならない。すなわち、アームを伸ばした状態で駐車をしていれば、余計な手間や時間を費やすことになるはずである。
アームを上げている状態だと、人目を引くことは間違いない。また、アームのサイドには会社名などが入っているので、考えようによっては広告看板の代わりにはなるのだろう。写真や動画にすれば、バズる絵になるから話題性を提供しているともいえる。しかし、そのような手間をかけて宣伝するほど、高い費用対効果があるとはいい切れない。それでは、いったい何のためにそのような面倒なことをしているのであろうか。

その理由はふたつある。ひとつは、駐車スペースの最適化だ。大型クレーン車はアームを畳んだ状態のときに、アーム先端が車両本体よりも前に出るため全長が長くなる。その分、駐車スペースが広く必要になるわけだ。アームを上げておけば、駐車スペースは車両本体の大きさで済む。決して大きな差ではないものの、複数台を駐車する場合は「塵も積もれば山となる」のだ。
もうひとつの理由は、盗難の防止である。新しい機種には、様々な盗難防止システムを装備しているものが多い。しかし、重機は同じ現場でも毎日同じオペレーターが操作するとは限らないために、始動システムをある程度共有できるようになっている場合が多い。また、重機窃盗グループはあらかじめトレーラーを用意するなど、強引な犯行手段を使う凶悪犯が少なくないのだ。
先にも述べたように、アームが伸びた状態ではクレーン車を出発させることはできない。仮にトレーラーに積んで持ち出すにしても、アームが上がっていれば歩道橋や信号機などにぶつかってしまう。窃盗犯がクレーン車を持ち去るためには、アームを下げるという手間が必要になるのだ。これは、窓やドアにふたつ鍵をかけるのと同じことで、手間のかかる現場を避けようとする犯行心理を巧みに突いいるのである。

国産重機はもちろんのこと、海外製のものでも日本で使用されている車輌は性能が高く、海外でも引っ張りだこであるという。そのため、盗難が後を絶たないのだそうだ。小型のクレーン搭載トラックでも、駐車するときにはアウトリガー(車体横に張り出す転覆防止装置)を展開したり、ダンプカーでは荷台を起こしたりして、すぐには走行できないようにしている事業者も少なくない。大型クレーン車がアームを伸ばして駐車しているのには、そんな切実な理由が存在したのである。
