高速道路を走っているとき、急なハンドル操作をせずとも自然にカーブへと吸い込まれ、いつの間にか直進に戻っていることに気づくだろうか。この「滑らかなドライビング」の裏側には、クロソイド曲線という幾何学的な魔法が隠されている。(なお本サイトでもクロソイド曲線について解説した記事があるので、クロソイド曲線とは何かということについてはそちらの記事を参考にしてもらいたい)
そして今回そのクロソイド曲線を実際に走行すると同時に、ある記念碑を見に行ったときのことをレポートしよう。

先述の通りクロソイド曲線は安全にカーブを曲がるためのものだが、実はクロソイド曲線記念碑という場所があるのを知ってさっそく現場へ向かってみた。
ちなみにだがクロソイド曲線を使ったカーブといえどもそれを、知らなければ特別変わった景色があるわけでもないし何か目印があるわけでもない。しかしそれを知らなくてもドライバーがストレスなくカーブを運転できるのもクロソイド曲線のおかげなのは間違いない。

今回の向かったのは群馬県の三国峠途中にあるクロソイド曲線記念碑だ。三国峠にあるこのクロソイド曲線記念碑は、日本の道路建設史において非常に重要な意味を持つモニュメントなのだ。クロソイド曲線の記念碑に関しては、名神高速道路の記念碑(滋賀県)が「高速道路での初採用」を記念しているのに対し、この三国峠の碑は「日本の一般道路で初めてクロソイド曲線が導入されたこと」を記念しているという違いがある。前もってその場所はリサーチしていたが、実際にその場について見ると、記念碑だけがぽつんとあるシンプルな立地条件だった。訪れたのが少し積雪のあるタイミングだったため、景色としては少し物足りなさを感じたのは事実。記念碑のほかには国土交通省の「三国除雪ステーション」の敷地隅に設置されており、隣には今では目にすることも珍しくなった公衆電話ボックスあるだけだった。しかし記念碑の形は半円形の独特な形でその横に解説が書かれた副碑が並んでいた。

先ほどクロソイド曲線の記念碑は二つあると説明したがなぜ三国峠にあるのかということを解説しよう。
昭和20年代後半、三国峠付近の国道(現在の国道17号)を本格的な自動車交通に対応させるための大規模な改良工事が行われた。この区間は急カーブが連続する険しい山岳道路であるため、安全かつスムーズに走行できるよう、昭和28年(1953年)に日本で初めてクロソイド曲線を用いた設計が取り入れられというのが大筋だ。工事は昭和27年に着手され、昭和34年に旧三国隧道が貫通したことで全線が完成しこの画期的な設計手法を後世に伝えるため、昭和61年にこの記念碑が建立されたとうわけだ。
ちなみに三国峠の碑文に書かれた内容だが、クロソイド曲線の由来(ギリシャ神話の女神クローソーにちなむ)や、当時の建設省が山岳道路の安全性を高めるためにこの曲線を導入した経緯が詳しく記されている。具体的には「車両が安全かつ快適に走行できるように…緩和区間としてクロソイド曲線を昭和28年に日本で初めて設置した」という旨が刻まれている。

では実際に三国峠を群馬側から新潟方面へ向かって車を走らせたときの感想をお伝えしよう。数え切れないほどのカーブを通過するわけだが「これがクロソイド曲線か」という感じにはならない。ただ見た目のカーブのキツさに対して、ハンドルをせわしなく切るというようなことはなかった。走っている時は気がつかなかったが、三国峠を抜けクロソイド曲線を採用してない峠道を走ったときに「こっちの方が気を使うな」と思ったのは確かだった。

記念碑を見に行くまでの道中はクロソイド曲線の恩恵はあまり感じられなかったが、帰路でカーブの走りやすさという点を意識して運転してみると、確かに運転操作自体は非常にまったりとしていても通過できるように感じた。
三国峠のクロソイド曲線記念碑は群馬県と新潟県の間に設置されているため、ドライブルートの中に組み込むのはアリだろう。この存在を知らなければ気がつかずに通過してしまうだろうが、このルートを通るならぜひクロソイド曲線のことを思い浮かべながら、休憩がてら記念碑を見て欲しいと思う。
記念碑の住所は以下の通りだ。
〒379-1401 群馬県利根郡みなかみ町永井
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