「昔はただの集金箱だったのに…」と驚く、路線バスの運賃箱がワンマン化から最新の“無人レジ”へと化けたハイテク進化の裏側。
バスマニアの間では車両そのものやその形式のほか、エンジンなどのメカニズム、走行シーンなどといったものに惹かれる人が多いようだ。一方、運転士の左手に設置されて日々の営業を支え続ける路線バスの「運賃箱」に、目を向ける人はどれほどいるのであろうか。この箱のルーツは、かつて車掌が首から下げていた鞄であるといってもよいだろう。それが、現在ではハイテクを駆使した「自動釣銭機」に変貌した。その軌跡は、まさに効率化とテクノロジーによる進化の歴史そのものといえる。

1970年頃には、都市部においても車掌が姿を消し始めたといわれている。路線バスは公共性が高いために、一定程度は不採算路線も維持しなければならない。そこで、コストを削減するためにワンマン化が進められたのだ。ここで、車掌が行っていた料金収受業務を担ったのが運賃箱である。この時代の運賃箱は、単なる「透明な集金箱」に過ぎなかった。
運転士は乗客が投入した硬貨や紙の切符や回数券などを目視で確認し、手動のレバーで受け皿を反転させて箱の中に落下させる。均一料金区間ならまだしも、区間制運賃の場合は運転士の負担がたいへん大きい。釣銭が必要な場合は、運転士が手動で釣銭レバーを操作するか、両替袋から小銭を取り出して手渡すという、極めて属人的な運用が行われていたのである。

やがて運賃収受の迅速化を目指し、運賃箱は「両替機併設型」に進化する。ここで注意が必要なのはこのシステムが「釣銭」ではなく、「両替」を前提としたものだということである。乗客自らが事前に千円札や五百円玉を両替し、定められた運賃を過不足なく投入する。これにより、運転士は「現金の受け渡し」から解放され、運行・安全確認という本来的業務に注力できるようになったのだ。ただ、回数券や一日乗車券の販売管理業務は従前どおりである。
1980年代後半、バス業界にも「リライトカード」が導入された。これは、磁気式のプリペイドカードである。運賃箱には、カードリーダー・ライターが外付けされた。それが、残高を計算して券面に印字する。この瞬間、運賃箱は単なる金庫から「情報処理端末」へと進化した。バス事業者間でカードの共通利用などが進み、ユーザーの利便性は飛躍的に向上したのである。

2000年代中盤からは、FeliCa技術を用いたICカード乗車券が普及。物理的なカードの抜き差しが不要となり、無線通信で決済が完結できるようになった。これに、定期券機能が統合。その後、スマホによるモバイル決済やクレジットカードによるタッチ決済が相次いで登場。運賃箱は、電子機器へと変化を遂げていったのだ。
近年の最新機種には、再び釣銭を出すものが登場した。かつては「運転手が計算して釣銭を出す」あるいは、「客が自ら両替してから支払う」といった方式であったが、最新機種では投入された紙幣・硬貨から自動的に釣銭を吐出するのだ。整理券のバーコード読み取りと連動して瞬時に運賃を算出するその姿は、「バス車内にある無人レジ」といっても過言ではない。

今後は、JR東日本がSuicaの未来像として発表したシステムと同様に、クラウド上のサーバーと通信する「決済ゲートウェイ」としての性格を強めていくだろう。単なる「硬貨を入れる箱」から、高度なネットワーク端末へと進化を続ける運賃箱。その無骨な筐体に詰め込まれた技術の集積は、日本のバス交通が歩んできた「安全」と「効率」の記録そのものなのである。
