オービスやNシステムによる撮影は、プライバシーとの関係でたびたび議論されてきた。オービスには最高裁判断がある一方、Nシステムは運用実態が見えにくい。監視技術が進化するほど、治安と個人の権利のバランスが問われる。
オービス撮影はプライバシー侵害になる?

ドライバーの目の前に、立ちはだかるオービスやNシステム。監視カメラのレンズが向けられるたびに、「勝手に撮影されるのはプライバシーの侵害ではないか」と、釈然としない思いを抱く人も少なくないだろう。肖像権やプライバシー権が、当然の権利として叫ばれるようになった現代において、取り締まり機関による一方的な撮影行為はどこまで許されるのであろうか。
結論から言えば、現在の法解釈のもとで「プライバシー侵害」を理由に、違反を撤回させたり撮影自体を阻んだりすることは難しい。オービス(速度違反自動取締装置)の違法性については、すでに最高裁で判断が下されている。憲法第13条が保障する幸福追求権に基づき、「何人も承諾なしに容貌等を撮影されない自由」自体は認められた。しかし同時に、犯罪の現行性・証拠保全の緊急性・手段の相当性という要件を満たしている場合には、警察による撮影は合憲であると判断されたのである。
Nシステムはなぜ法的に争われにくい?

これに対してNシステム(自動車ナンバー自動読取装置)は、オービスとは異なり違反車両だけではなく通過車両すべてを撮影する。この場合、「現行の犯罪」とも「緊急の証拠保全」とも言い難く、最高裁の定めた例外要件を逸脱しているように思えなくもない。しかし、このシステムに対して法的な判断がされていない。その背景は、警察側の極めて巧妙なロジックが存在する。その建前は、「撮影しているのは表示が義務付けられているナンバープレートであり、秘匿すべき個人情報ではない」というものだ。ドライバーの顔写真の同時撮影が強く疑われる状況であっても、システムの詳細な仕様が公開されていないために実際のところはわからないのだ。
さらに、警察はNシステムの撮影画像を裁判上の直接証拠として、提出したことがほとんどない。これには、法廷でシステムの可否や撮影範囲が争点化するのを、防ぐ意図があると考えられる。Nシステムは、あくまで捜査段階における「手がかり」の1つとして、使用しているに過ぎないということだ。実態が表に出てこない上に実害の立証が難しい以上、ドライバーが法的に争う糸口はないに等しい。
監視社会と個人の権利は両立できるか

これは、単なる交通取り締まりに留まる話ではない。ドライブレコーダー・街頭や個人宅の防犯カメラ・警察官のボディカメラなど、監視の網は社会のあらゆる場所に張り巡らされつつある。テクノロジーの進化に伴い、取り締まり機関が持つ「人の行動を監視・蓄積する能力」は、飛躍的に向上しているのだ。
治安維持や捜査の効率化という「公共の利益」の名のもとに、個人のプライバシーや権利が脅かされるのではないかという危惧はもっともである。とはいえ、犯罪は凶悪化・組織化・グローバル化の一途を辿り、わが国の治安神話も崩れつつある。これらのシステムが、そういった凶悪犯の検挙に貢献していることは否定できない。どのような形が正解であるかは難しい問題だが、進化するシステムの運用ルールが適正であり続けることを、願わずにはいられないものだ。
